Those who don't study history are destined to repeat it.

歴史を学習しない人は歴史を繰り返すこととなる

but,
でも、

Those who don't study the history of extraordinary human change,those who don't study the biology of what can transform us from our worst to our best behaviors,those who don't do this are destinied not to be able torepeat these incandescent,magnificent moments.

驚くべき変化を遂げた人間の歴史として、 最悪から最善の行動へと私達を変容させる
生物学的要因を学ばなければ、輝かしい崇高な瞬間は繰り返すことができないのです。

(=最善の行動を起こすための生物学的要因を学べばこそ、人間は類まれな進化を遂げることが出来る。)




Robert M Sapolsky


(輝かしい崇高な瞬間とは、後ほどの映像で博士が紹介する事例のいくつかについて、のことです)


大きな時代の流れの中で、人が持つ大きな二つの側面・・・

暴力と慈愛=利己と利他とおきかえてもいいかも知れないのですが、

これは元からそうではなくて、あらゆる因果で、誰もがどちらにも転ぶ可能性があるもの。

戦争でひどい殺戮を日々行っていても、

ある瞬間からその敵対する兵士とたったの数時間で彼らと友情を分かち合うなど、

相反する二つの性質を持つことを生物学的に検証している、

神経科学者ロバート・サポルスキー氏

人間は元来暴力的であり、さらに正しい暴力を元から好むのもまた私たち人間であると主張しています。

また、あらゆる事態が複雑になってしまうのは、暴力そのものではなくて、

暴力の悪用を憎むから。つまり、暴力の正しい運用については支持されるし、

人はそれが大好きであるということです。

これはマクロでいえばケンカだし、戦争にもいえることです。。

だけども、これらをさらに複雑化させるのが、

私たち人間は利他的である、つまり思いやりも持てる種であるということ。

ところでこの場合の複雑化とは、なにもネガティブなことであるとは限りません。。


さて、例えば人に向けられた笑顔が、相手にとってそれが必ずしもいいものとは限りません。

多くの場合は敵対関係ではないと主張するものですが、

単に自分をバカにしている、と捉えることもありますよね。

日頃騙されてばかりいると感じている人は握手を拒みますし、

美味しいものを食べさせようとすると、そんなに飢えてはいないと

拒否されることもあります。。

「ひねくれモノ」という言葉はこの際置いておきましょ^^

あらゆる行動には意味があり、その意味を本当に理解しようとしなければ、

ささいなことであっても争いに発展することはおおいにあって、

問題はこの「理解」というものをどこまでたどればいいのか、

ということをロバート・サポルスキー氏はこう解説しています。


行動の背景にあるさらなるコンテクストを

生物学的に理解することが重要だが、とても厄介なことである。

特定の脳やホルモン、遺伝子、子ども時代の体験、進化のメカニズムが、

すべてを説明しているわけではない。

その代わり、あらゆる行動には多層的な理由がある。



一つの例として、誤認識よる正当防衛。

興奮して走ってきた相手がどんどん自分に近づいてくる。

怯えているのか脅しているのか怒っているのか判然としない。

何かを手に持っているがそれもよく分からない。

そしてついに、自分は拳銃を取り出し発砲する。

しかし倒れた相手が持っていたのは携帯電話であった。


日常でいえば警察官との間でなんかで起こりそうなことですよね。


そして、生物学的な問いとして

「何がこの行動を引き起こしたのか」

(前提として人格と行動を切り離しています)

発砲1秒前に、頭の中でなにが起こっていたか・・・

脳の中の扁桃体が暴力行為と恐怖心を司り、引き金を引かせる、、、など、

最終的は百万年くらい前までさかのぼり、この行動について考察します。

詳しくはこちらをごらんください^^

(おもしろいですよ~☆)

(書くのがめんどくさいわけではないです~☆☆)





この中で、数々の輝かしい変容の例を挙げ、

人の行動は複雑であって、(ふだん)厳しい批判的な目で見ており、

行動の理由を一方的に決め付けてしまう前に

よく注意して考えるべきである
、としています。


生物学的な見方においても「変化」については特に肝心で、

異なる状況においては「変化」し得るとしています。

この生物学においては、どの人間もなんら変わりがない、

先の映像で例をあげているどの人も、特別ではなく同じ性質であるけども、

最悪のところから最善の行動へ変容させる「生物学的要因」を学ばなければ

同じような瞬間を繰り返すことができない、としてます。


生物学的要因とはこれまた複雑で、学習しようにもなかなか手の届きにくいところもあるのですけども、

一つだけいえる誰でも出来ることというのは、自分の人格を一旦横においておき、

(いいも悪いもおいておき)

小さなころからの自分を、より詳しく見つめなおす・・・

・・・たとえば、どんなもの食べてきたとか、どんな運動をしてきたかとか、

どんなことに興味を持ってきたか、どんなことを楽しいと思ったか、

どんなことを悲しいと思ったのか、本当にやりたかったことはなんなのか、

そして、あのときどうすれば、どうされればよかったのだろうか、

それを踏まえ、今の自分は相手に対してどうすれば、どうされればよかったのか。

などを考えたりすることは出来るのかなと思います。

ただし、自分の人格をNOともYESともしない=否定や肯定などと違う見地で、

自らを正しく受け止めることが前提です。

感情を伴うこともあるから難しいですけどね^^

冷静に、です。



でも変われる、ということが科学的に実証されているのなら、やる価値はおおいにあるかもです。

今流行りの内省、内観、宗教、哲学なども見方によっては科学であるし、

アプローチは異なっても、着地点は同じような気がします。

大切なのは、具体化、言語化、イメージ化、細分化し、さらに序列化にすることで

これらの整理整頓をしやすくすることかな。

するとそれを瞬時に使うことが出来るようになり、

それで進化が可能であるということは、

かつて何も出来ずコンプレックスの塊でして、

だけど出来なかったことが出来るようになったという点で、

私自身もある程度実証済みです^^(程度はあんまり高くないけどw)



さて、この小さな自分の歴史が人類の歴史と同等であることは、

博士の生物学的知見から見ても明白で、つまり博士が言いたいのは、

歴史が繰り返されていると単純に解釈するのではなく、

変容を学ばなければ進化を繰り返すことができない、ということで、

これまで世界各国でのさまざまな学問も深く掘り下げられ応用されているということは、

少しずつではあるけど全体として進化はしていっているとも捉えられます。


人は内在的に暴力的性質を持ち、国家・民族においては武力の行使という形で紛争が絶えないのですけども、

結論としては暴力行為であっても、各紛争には個別の理由というものも複雑に存在します。



これまでの各国における紛争一覧
戦争一覧


それらの理由に生物学的知見をからめ理解を深めることは、

その地域の民族性を理解することにもつながることから、

理論上、紛争そのものは限りなくゼロに近づかせることが出来ると思います。



でも、欲。


だけど、欲。


そう、欲。


この欲というものも、本当に複雑です。。


(ここからは私見をまじえてお届けいたします^^)


マズローの欲求5段階説
自己実現理論


民族的に、種の生存を基本とした体(てい)の欲求から正しい暴力への支持発展が発生しているとするのならば、

民族別にこの欲求5段階説を仮定立て、これらを保障しあう安全を担保する枠組みが必要なのですが。。

もともとはグローバル化を促進させたはずの先進国の資本主義は、

開拓(興味深々・臨界点まで行動)→飽和→臨界点突破(バブル崩壊)→保守志向(飽和前に戻し維持)。

つまり今はもう国家資本主義という形になってきており、

対国家同士の資本対決が浮き彫りになってきているのは、昨今のアメリカ対中国のかけひきでも伺えます。

日本も同様に、国民(企業)が政権に対して経済の責任を押し付ければ押し付けるほど、

政権維持のため国家資本主義色が強くなっていきます。

この結果、中央政権の結びつきが強くなってしまい、

その体を為すためのあらゆる行動が引き起こされていく可能性があります。


先の5段階欲求説をグローバル化・本格化させれば、

各地域の意識レベルは先進国に近づき、資本流通が潤沢に進めば

紛争そのものはお金がかかることなので本来の目的から外れ、

理論上紛争が限りなくゼロに近づきますけども、

人材の育成や資材調達などにコストがあまりにもかかりすぎるため当初は採算が取れず、

それには、資本を分け与えるエンジェル的な感じ(←感じw)の慈愛の精神とでもいいますか、

グローバルな意味で正しい共産・社会主義の理念が必要となりそうです。

これはもちろん、それら理念と資本主義理念の調和が正しく均衡がとれた状態を理想とします。

つまり、差別なくなるべく多くの人が恩恵を受け取れる状態、ということです。

(日本はある意味、諸問題はあるけど、手続きさえわかりやすくしていければわりかしそうなのかなって思ったりするんです。わかりにくくしてるのに意図があるのは承知ですけども。)

現状の資金提供活動では到底足らず、先進各国の国民一人ひとりが支出を賄うくらいの規模になるかも知れません。

簡単にいえば、国民レベルでいうところの給料を2~3万円ほど他国に分けることできる?

という問いに答えられるかどうかです。。実際毎月が苦しいのに、ですね(笑)

だけど、この「毎月が苦しい」というところを、

なぜそうなのかを生い立ち(文化)や過去から分析し理解しなさいと、

博士は言っているわけです(言ってるよね?^^;)

そうすれば進化できるよ、っていうことなんですね(ですよね?^^;)

平和は身近なところで実現できるのですね^^v

(ちょっと違うかな。。笑)


面倒であるのですが、面倒であることを実現するには心の余裕がまず必要です。

何か進めなきゃと思いつつ、何でも面倒なんですね、

曲を作るにしても、ギターを弾くにしても、平和の実現にしても。

どうしてここまで余裕がないのかって、その理由はもうわかってはいるのですけども。。

(また後日(^^♪


いろんな折衝などでもいえるのかもですけども、

他人を好意的に捉えるだけで関係が改善すること、多いです^^

それまで敵対関係であっても、打ち解けあうまでさほど時間がかからなかったり。。

その結果、いい妥協案が出来て部内外問わず争いなく進むことが出来ます。


だけど、争いの火種もあっという間に着きます。

たとえばですけども、よくあるのが、自分たちが元から関わっている案件が、

知らないところで決定されたりとか、ですね^^

家庭で言えば、奥さんに内緒でだんなさんが何か高いのを買ったとか(笑)


博士のいうように、火種はそもそも着きやすいものであるので、

その理由について冷静に考察せよ、ということですね^^v




出来るかー(# ゚Д゚)

(出来たら苦労せんわー笑)




(かくして、紛争が起きるのである。)



ということで、各主張は各個人それぞれの中に、

生物学的なものを含めて何かしらの普遍的理由が存在する、ということがいえます。

この理由を無視すると紛争になりえるわけですが、普遍的理由を正しく知ることで最善の行動が可能であるということ。

つまり個人レベルでそれらに気づける人が増えれば増えるほど、戦争は起こらない。

(仮説理論上)

ただし、各国家はそれぞれの風土や自然の中でなりたっている文化そのものなので、

それを理解するにはそれらを実体験していかないことにはなかなか難しいことですよね。

なのでせめて「なにか理由があるのでしょう」ということを念頭に押しておけば、

話はもっと奥深く進むのかも知れません。

でもほとんどの場合それがめんどくさいのです。簡単に言えば自分のことで忙しい=優先すべき欲があるから(ここ、大いなる私見)。

だから各々利己寄りに進んでしまい、対立関係になっていく。

最後は紛争(喧嘩)となる。


簡単にいうと、紛争がなくならないのは、国それぞれに「欲」があるから。。

風土文化思想の違いがあって元々バラバラで理解が進まない。

だから対立を避けられない。


それらが見た目として結論付けされた後、歴史は繰り返されている、ということに見えるのでしょうね^^

ただし個々には想像以上に深い理由が必ず存在しており、

その内容をきちんと理解すべし!でなければ進化はないんだぞよ!進化を選択せよ!

という博士のお話でした。

紛争や歴史を否定しているのではなくて、その脱出口である「進化の可能性」を示唆しているのですね。


いずれにしても、


ステレオタイプ理論で簡単に片付けるべき単純なものではない


ということです。


それこそが進化をとめる最大の理由(欲を放棄しないこと)だと解釈されるから、です。



後段の私見の部分は感覚的なものが大部分ですのであまり説得力には欠けるのですが、


「何かにはどうしようもない理由が必ずある」


「それを本質から理解するように心がければ、利他的方向(=最善な方向)に作用する」


「理由を身勝手に排除し主張を続ければ、利己的な行動(=最悪な方向)に向かう」


「本質的理由を先に理解して対応したもん勝ちである」


ということは、一貫して主張出来るものかなと思います。



これらを証明する科学にはますますの期待がなされます。



以上、です^^



(8888888)




・・・。




うん、音楽のブログにしてはなかなかクドかったです(笑)



(だーってこれ、夏休みの課題だもの(=゚ω゚)人(゚ω゚=)ぃょぅ!)



(なぜ私が課題をこなせばならぬの。。。)








最後に、ちょっと早いですけども終戦記念日にあたり、


英霊を尊び、今日の豊かな暮らしに感謝し、


平和を祈念したいと思います。











文中、多少おふざけしたことをお許しください。。